Missionphase -4


 
 
「貴様ら・・・先程まで死に掛けていたはずだが・・・」

「舐めないでよね! あれくらいじゃ『フェアリッシュ・ナイツ』は倒せやしないんだから!」

「首を斬っても死なないってんなら、バラバラにするまでよ。ったく、ねちねちと焼いてくれるもんだから、アリサの白い肌にシミできちゃうじゃんか!」

 若干の焦げ目がついたイエローのボディスーツを、オメガカルラがパタパタとはたく。口調こそ余裕を強調しているが、露出した腕や腹部、首元の雪肌には、爛れたような赤みの火傷跡が炎に包まれた姿が幻でなかったことを教えている。
 ナイトレフィアにしても同様であった。
 長槍を構えた姿は美しいまでに凛々しいが、額に浮かんだ珠の汗は尋常な量ではない。普通では経験し得ない苦痛のみが搾り出す、泥のような汗。『闇巫女』秘伝の“拍動砕き”は、確かに聖霊騎士に届いていた。『フェアリッシュ・ナイツ』のファイターを、苦悶の海に沈めていた。
 
「どうやら、常軌を逸した生命力を秘めるか」

 頭皮を剥がれた巫女装束の女が、じっと真紅の聖霊騎士を見詰める。胸のプロテクター中央、ベルトバックル、額のサークレット、それぞれで輝く鮮やかな紅玉。これらの宝珠がナイトレフィアに超人の守備力、耐久力を授けているのは容易に想像できる。
 攻撃は効いた。だが、ナイトレフィアの生命力はその上をいった。
 恐らくカルラにしても同じことが言えるはず。魔呪の炎は風天使を苦しめることはできても、倒すまでには至らなかった。真紅と檸檬の艶やかなボディスーツは、物理的な強度以上のものを戦乙女たちに与えている。
 
「その宝玉に秘密があるか。ならば砕いて黄泉の底に落とすのみ」
 
「あんたなんかに負けるもんか! 今度はあたしが相手になるわ!」

 ゆらりと踏み出すツバキに、火の玉と化した聖霊騎士が身の丈の倍近い長槍を振り上げて突進する。
 オフェンス力に絶大な自信を誇るレフィアらしい特攻。性格を写したような一直線の攻撃は、それ故対処する側には与しやすい。
 音色を凶器と変える黄金の神楽鈴が、頭髪のない暗黒巫女によって振られる。
 
「読めてるわ!」

 心臓を潰される苦しみの最中にあっても、レフィアの瞳は『闇巫女』伝統の呪術を視界の隅で捉えていた。
 ボンンッッ!!
 唸りをあげて振り下ろされたヴォルカノンが、一撃にして鈴の“音”を断ち切る。
 
「ぬうッ?!!」

「これが火焔の聖霊騎士、ナイトレフィアの実力よ!」

 中世騎士に似た鮮烈な真紅の聖衣が、ツバキの鼻先で躍る。
 速い。なんという速さ。ブレない突撃。“音”すら斬って捨てる剣技。
 嘆息するほどの強さだな、短髪の少女よ。
 炎を纏った長槍の穂先が迫るのを見詰めながら、妖魔の手先に堕ちた元上級ファイターの胸に、似つかわしくない素直な賞賛が渦巻く。

「うああああッッ―――ッッ?!!」

 負けていたな。
 これが、真正面からの激突であったなら。
 
「浅慮な真紅の少女よ、鈴の音に身を蝕まれていく妙味を堪能するがいい」

 引き攣るような絶叫を異世界に轟かせたのは、ショートヘアの美少女の方であった。
 はち切れん肢体を仰け反らせ、小刻みに震えるレフィアの両耳から血の筋が流れていく。一刀に伏せたはずの鈴の呪音。レフィアを襲ったダメージは、明らかにツバキの振る神楽鈴によるものであった。
 
「なッ・・・なん・・・でェッ・・・?!」

「ナイトレフィアとやら。貴様の動きは驚嘆に値するが、あまりに素直すぎる。せめて名くらいは記憶に留めておくとしよう」

 シャン、シャン、シャン!
 わずか1mほどの至近距離から、脳感覚を破壊する神楽鈴の音波が、まともに真紅の聖衣に打ち込まれる。
 己の筋肉が、細胞が、我が身を滅ぼす激痛。
 あらゆる筋組織が雑巾のように捻じ切られる感覚に、レフィアは堪らず苦悶を洩らす。
 
「くあああッッ!!! かはァッ・・・アア・アッ・・・」

「その豊満なカラダ・・・引き裂いてくれる」

 ブッシュウウウウッッッ―――ッッ!!!
 
 眼から、口から、鼻から、耳から・・・全身の穴という穴から噴き出た鮮血の霧が、ナイトレフィアをさらに真紅に染め上げる。
 全ての細胞が自ら引き剥がれようというのか。
 ひとつひとつはナイフの擦過傷でも、幾千と重なれば地獄の痛み。中空を見上げるレフィアの瞳から、数瞬光の灯が消え去る。
 
「トドメだ」

 シャンッッ!!
 胸プロテクターの宝珠に向けて、直接穿たれる魔鈴の音響。
 見えないゴーレムの豪腕が生命のクリスタルを握り掴むのを、レフィアは感じた。
 
「はくうぅッッッ?!!」

「やはりここが力の源泉か。魂ごと引き千切られるがいい」

「あああッッ!!! があッッ!! くああッッ、うあああああッッ――ッッ!!!」

 メキ・・・メキメキ・・・ミシ・・・
 宝珠が奇妙な軋みをたてるたび、ガクガクと首を振るショートヘアから悶絶の叫びが迸る。『フェアリッシュ・ナイツ』が持つ聖霊力、その源とされる耀璽玉(こうじぎょく)・・・通称コア・クリスタルを破壊されることは『FK』の存在そのものを消滅させられるに等しい。気高き戦士である火乃宮玲子の口から、可憐な悲鳴が溢れるのを留めることなどできない。
 
 スパンッッ!!!
 
 流れを変える一陣の風は、レモンイエローの彩りであった。
 
「あんたね、勝手にひとりで突っ込まないでくれない?! こっからは選手交代よ」

 レフィアの眼前に立つポニーテールの少女。跳躍して距離を置く神楽鈴の巫女。
 火焔の聖霊騎士を蝕む呪音を風太刀で断ったオメガカルラは、レフィアを庇うようにして立ち尽くす。
 
「ぐふ・・・かはッ・・・あ、あたしはまだ・・・闘えるわ! ふたりの闘いなんだからッ・・・邪魔しないでよね!」

「あんたがあの程度じゃくたばらないのはわかってるっての。けど、あんたの敵はあっちでしょオが。これ以上、ムダに体力減らさないでくんない?」

 尖った顎をクイと振るオメガカルラ=四方堂亜梨沙。
 指し示した方向には、天衝く妖樹が佇んでいる。
 
「まさか作戦忘れたわけじゃないでしょオねッ?! 与えられた使命を果たすことが何より大事な最優先事項よ」

「はァッ、はァッ、わ、わかってるよォ、そんなこと!」

「んじゃ、とっとと大ボス退治してきて! ここはアリサが引き受ける」

 自分より頭ひとつ低いポニーテールの後ろ姿が、やけに大きくレフィアには見えた。
 『地』の力を操る妖樹ブリード。強大な妖魔を殲滅するには、『火』の聖霊力を持つナイトレフィアの戦力は絶対不可欠になる。
 ブリードとの戦闘の矢面にレフィアが立ち、その他の雑魚をカルラが追い払う。その間にアザミが強力な魔法陣を完成させ、弱ったブリードを聖霊の火焔で焼き尽くす・・・作戦の根幹はレフィアによって成り立っているといっても過言ではなかった。
 大将の首を任せ、自らは脇役に回る・・・自信に満ちたカルラの言動として、らしくなく映る行為。だが、違う。これが四方堂亜梨沙という戦乙女なのだ。目立ちたがりなのではない。無謀でもない。使命を果たすためには、最善の策を容赦なく取る戦士。そのためには、己のプライドなど吹くがごとく。勝ち気な態度は、やるべきことを遂行している強烈な自負こそが支えているのだ。
 生意気なコだけど。なにかにつけて挑発的なコだけど。
 風天使と称される小柄な少女が、決して生半可な姿勢で戦闘に赴いていないことは、確信として言い切れる。
 
「・・・任せたわ、オメガカルラ」

 踵を返した真紅の騎士は、愛槍を構えなおしてそびえ立つ大樹の要塞へと駆け出していた。
 傷は、深くはない。
 ツバキの音波攻撃で痛覚神経は捻られ、全身の皮膚に亀裂が走った。コア・クリスタルへの攻撃も、確かにレフィアを悶絶地獄へを突き落としていた。しかし、苦痛こそ激しかったものの、肉体そのものへのダメージは苦しめられたほどには深刻ではない。敵が千年の時を経た強大な妖樹であっても、闘うことは十分にできる。
 決戦は、これから。
 いざ、妖魔殲滅へ!
 
「カルラのためにも、結界を開けてくれてるレミーラのためにも、一気に殲滅してみせる!」

「後方援護は任せて!」

 態勢を立て直したアザミが、疾走する火焔の騎士に追走してくる。駆けながら白黒巫女の両手は素早く印を結んでいく。
 
「六芒星が悪魔を呼ぶ黒魔術とされるのに対して、五芒星は光の象徴とされているわ。五芒の魔法陣を5つ、さらに巨大な魔法陣を描く! 完成するまでの時間を・・・頼んだわ、ナイトレフィア!」

 巨大樹に飛び掛る真紅の戦騎士と、足を止めて直立する『闇巫女』。
 レフィアの頭上で火焔槍が唸りをあげ、アザミの足元に魔法陣が描かれていく。
 
「勝負だッッ!!! ブリードッッッ!!!」

 ズオオオオオオオ・・・
 
 妖魔の咆哮か。声なき妖樹の雄叫びか。天地揺るがす葉擦れの大音声が、宙に翔んだ真紅の聖衣をビリビリと叩く。
 鋼鉄の串と化した鋭い枝が、何十本という単位でナイトレフィアを急襲する。
 
「吼えろッッ、ヴォルカーノンッッ!!!」

 描かれるは、炎の閃光。
 真紅の長槍がその豪壮さに似合わぬ速度で縦横無尽に舞い乱れるや、八方を囲む枝の嵐は全てが薙ぎ捨てられていた。
 
「いっけええッッ――ッッ!!!」

 ナイトレフィア渾身の火焔の斬撃が、巨大樹の幹の中央に袈裟掛けに叩き込まれる。
 震撼する葉擦れの音響は、まさに妖魔の悲鳴のごとく地下世界を覆った。
 
 
 
「ブリード様ッ?!」

「っと、あんたの相手はアリサだって言ってんじゃん」

 天を支えるように広がった無数の枝が、意志ある触手となってグネグネとうねる。もはや植物とは思えぬ激しい動きは、紛れもなく悶絶を示していた。
 苦しんでいる。絶大な力を持つ樹の王が、真紅の聖霊騎士に圧倒されている。
 よもやの展開に、ブリード配下の魔巫女の声に焦燥が入り乱れる。だが援護に入ろうとするツバキの眼前には、フレアミニの小柄な少女が一切の気後れを見せぬ態度で立ち塞がっていた。
 
 長大な真紅槍を操るレフィアの攻撃は、次々とブリードの樹の身体に繰り出されていった。
 『五車連環説』に拠るところの『火』は『地』を焦がす。やはり火焔の聖霊力を手に入れたナイトレフィアは、ブリードにとって天敵であるのか。体格比何十分の一という少女騎士を相手に、巨大妖樹は責められ続けていた。常に上をいくレフィアのスピードと戦闘能力を讃えるべきか。一撃必殺の炎の剣撃を幾条浴びてなお、滅びを知らないブリードの頑強さを驚くべきか。攻める聖霊騎士、耐える妖樹という構図が続いている。
 そう簡単にやられるものか。千年を越えて生きる樹王の生命力を、ツバキは熟知している。
 だが一方的形勢、そして黒髪の巫女が造り上げた五芒星の魔法陣がすでに4つ出来上がり、残るひとつも完成に向かっている現実を見るにつけ、魔巫女の心は騒ぐ。配置された魔法陣が巨大な五芒星を描こうとしているのは、『闇巫女』の呪術に精通したツバキでなくともすぐに見て取れる。これだけスケールの大きな魔法陣が完成すれば、さしものブリードといえど・・・ナイトレフィア、あるいは『闇巫女』アザミの動きをなんとしてでも止めねばならない。
 だが、コスチュームから多く覗く素肌にも凛とした容貌にも瑞々しさを満たした目前の少女が、予想を上回る遣い手であることもツバキはよく理解していた。
 
「もはや遊んでいる暇はない。総力にて葬ってくれよう」

 大きく振りかぶった神楽鈴の破壊音波を、スキンヘッドの巫女はオメガカルラに真正面から放つ。
 シャン!という高音の弾丸は、ひとつの塊となってケープを揺らす黄色の戦士に殺到した。
 着弾まで1m。『闇巫女』の鈴音は、大地からの突風によって瞬く間に掻き消されていた。
 
「何度やってもムダだって! オメガカルラの風の前には、あんたの攻撃は通用しないのよ」

 アザミやレフィアを苦しめた神楽鈴の呪音。しかし風を操るカルラに、ツバキの術はことごとく破られていた。
 カルラが交代を申し出たのは、単にレフィアをブリードとの闘いに向かわせるためだけではない。相性の良さを見抜いていたのだ。ガイア・シールズに所属していた元上級ファイターともなれば、今は妖魔の手下でも決して侮れる相手ではない。が、組み合わせの妙、風天使の能力ならば鈴の使い手を凌駕できる。
 
「風を自在に操る独特の能力。小娘のくせにたいしたものだ」

「見た目で判断しないでよね。今度はこっちからいかせてもらうから」

「まさか再び“裏鈴”を使わねばならないとは」

 ツバキの言葉が終わるより先に、両耳を押さえたカルラの肢体がビクンと仰け反る。
 ピクピクと震えるレモンイエローのコスチューム。鈴の音色を粉砕したはずの少女戦士が、明らかな苦痛に揺れ動いている。それは先程ナイトレフィアが見せた光景と同じであった。
 
「鈴の音色は思うがままに飛ぶ。正面の神楽鈴はあくまで囮。背後から回った“裏鈴”の音色は防ぎようもなかったか」

 黒袴の裾からそっと左腕を差し出すツバキ。
 神楽鈴を持っていない方の手には、金色の小さな鈴がひとつ握られている。
 
「小さくとも威力は十分。まるで貴様と同じだろう? 脳髄に針を埋められていく激痛に悶えながらじっくりと死に絶えていくがいい」

 切れ長の瞳で虚空を睨みながら、ブルブルと肢体を揺らす風天使。
 横を通り過ぎたスキンヘッドの巫女が、一瞥をくれることすらなく王である妖樹の元へと急ぐ。
 
 ズバンッッッ!!!
 
「・・・え?!・・・ッッ・・・」
 
「言ったでしょ。あんたの攻撃は、アリサには通用しないって」

 文字通りの、“風穴”。
 ツバキの左胸にポッカリと空いた穴の向こうで、ポニーテールの天使の愛らしくも厳しい素顔は、哀しげにすら聞こえる冷たい声で言い放った。
 
「風鎧・流れ屏風。アリサの周囲を絶えず吹いてる風の気流が、攻撃を半減させる防御膜を作っている。見えないだろうけどね。耳んところには厚めに風を増やしてたのよ」

 きれいな真円を描いた胸の空洞を、元『闇巫女』は不思議そうな視線でゆっくり眺めた。
 ドロドロと、巫女装束の身体が溶けていく。妖魔に身を奪われた者の、終焉の姿。
 
「仇は取るわ。アリサの、使命だからね」

 精一杯の手向けの言葉を贈り、消えゆく巫女を残してカルラは最終決戦の地へと駆け出した。
 
 
 
「きゃああッッ!!」

 ヴォルカノンの波状攻撃と引き換えに、枝槍の刺突を鳩尾に食らったナイトレフィアが大きく吹き飛ばされる。
 自ら回転して足元から着地する火焔の聖霊騎士。数え切れぬ綻びの刻まれた真紅のスーツやケープが、激闘の跡を物語る。すでに何十、何百合、剣撃を打ち込んだことだろう。炎の閃撃に妖魔ブリードが苦しんでいるのは間違いないが、それでも巨大すぎるその肉体はいまだ瓦解してはいなかった。
 レフィアが10の攻撃を繰り出すうちに、1の反撃をもらうかどうか。手数では聖霊騎士が圧倒している。だが『FK』内でもナンバー1のオフェンスを誇るレフィアとて、ブリードの巨体と生命力は手に余るのが実感であった。攻防を繰り返すうち、先に力尽きるのはレフィアではないと言い切れない。
 しかも忘れてはならないのは、結界の持続時間2時間。
 すでに40分弱が経過した現在、一時間以上の猶予があるとはいえ、地上でエナジーを注ぎ続けるレミーラたちの力が尽きた時点で、ガイア・シールズ側の敗北は決定する。時間切れは死を意味するのだ。なんとしてもレフィアは制限内に巨妖ブリードを殲滅せねばならない。
 
“レミーたちのエネルギーが2時間もつという保証はない。できる限り早く、ブリードを倒さなくちゃ・・・”

「ならばッッ!! これならどうッ?!」

 

 

 構える長槍の周囲に、火炎が渦を巻く。
 解禁する、必殺の一撃。最上級の威力を誇る槍撃を放つべく、一直線に突進したレフィアが3mを越す真紅の槍をドリルのごとく旋回させながら突き出す。
 
「炎渦斬陣ッッ・・・プロミネンス・スピアッッ――ッッ!!!」

 槍とともに突き出された火炎が、渦を巻いて妖樹の巨体を包み込む。
 旋回することで威力を増したヴォルカノンの斬撃。触れるもの全てを焼き尽くす螺旋の火焔。突く、斬る、燃やすを複合させた炎の渦が、ブリードの根元から天空までを一気に駆け昇る。
 並のイレギュラーならば、数十匹単位でも殲滅可能なレフィアの必殺奥義。
 巨大妖樹とて、まともに直撃を受け無事に済ませるわけがない。
 
「・・・くッ・・・これでもダメなのッ?!」

 ズオオオオオオ・・・
 黒く焦げ跡を残しながらも、健在をアピールするようにうねくる触手の枝が、葉擦れの咆哮をたてる。
 及ばなかったか。必殺奥義までが。
 ダメージがないとは言わせない。だが妖魔ブリードの前に、火焔の聖霊騎士の必殺技は必殺足りえなかったのだ。
 
「な、なんてヤツなの・・・ううん、一発でダメなら何度も撃ち込むまでよ! 効いてないわけじゃない、あたしの力が尽きるまで何度も繰り返せばきっと・・・」

「レフィア、魔法陣が完成したわ!」

 挫けそうになるレフィアの心に響いたのはアザミの声であった。
 ブリードを中心にして囲むように配置された5つの魔法陣。線で結べば巨大な五芒星が浮かび上がってくる。足のない巨大樹は完全に光の結界内に囚われていた。
 イケる。
 これなら、イケる。『闇巫女』の光の魔法陣で力を奪い、ナイトレフィアの炎で焼き尽くす。無尽蔵の生命力を誇る妖樹ブリードとて、このコラボ攻撃ならば必ず殲滅できるはず。
 印を結ぶアザミが念を込める。5つの五芒星が白い光を放ち始める。
 だが巨大樹の妖魔も、術の完成を指をくわえて眺めているほど甘くはなかった。
 
「ぐうッッ?!!」

 地中から飛び出した茶褐色の根。
 直径2mにも及ぶ鞭が、集中して無防備状態にあった巫女装束の腹部を叩き打つ。飛び散る白と黒の布地と吐血。木の葉のごとくアザミの肢体が後方へと弾け飛ぶ。
 
「アザミさんッッ!!」

「だ、大丈夫! 前を向きなさい、レフィア! ブリードを倒すことに集中するのよ!」

 白い襦袢と黒袴が裂け破れ、赤く腫れた腹筋を覗かせたアザミは即座に立ち上がっていた。口の端に糸引く朱色の線。恐らく内臓にまで深刻なダメージが刻まれていよう。だが打倒ブリードへの執念が、アザミを衝き動かしている。
 再び結界内に駆け戻ったアザミは、術を発動すべく両手で印を結ぶ。
 
「ガハアアアッッ―――ッッ!!!」

 ドス黒い大量の血が、巫女の口腔から吐き出される。
 これだけの血がどこにあるのか。バケツを引っ繰り返したような吐血が、バチャバチャと大地に降り注ぐ。その異常なまでの量は、腹腔に穴が空いているかの連想をさせた。
 先程の根の一撃が、これほどまでに効いていたのか?!
 ドシャリと両膝から崩れるアザミ。
 泡の混ざった黒血はゴボゴボと留まることを知らない。苦悶に震え、腹を押さえたままゆっくりと巫女の上体が前のめりに傾いていく。
 
「ちょっと、大丈夫なのッ?!」
 
 地に伏せんとするアザミの身体を抱え支えたのは、傍らに駆け寄ったオメガカルラであった。
 
「この血は普通じゃない。応急処置しないとヘタしたら命にだって・・・」

「わ、私には構わないで・・・行って、カルラ・・・レフィアとふたりで・・・ブリードを・・・・・・」

 支えるカルラの腕を、アザミがそっと振り解く。
 
「魔法陣は必ず・・・発動させる・・・それまで、ふたりでヤツを・・・・・・」

「・・・・・・わかった。でも、あなたの術の完成まで待たないよ。その前に終わらせるから」

 風を纏ったイエローの戦乙女が、一直線に天衝く巨大樹へ疾走する。
 
「いくよ、レフィア! ぼやぼやしてたらアリサひとりでケリつけちゃうからね!」

「って、なんであなたが指示するのよ・・・あぶないッ、カルラ、前よッ!」

「風太刀、鈴鳴りッッ!!」

 迎撃する十数本の枝の槍を、風の刃が一撃にして切断する。
 続けざま、真剣より鋭い風はブリード本体に踊りかかった。
 
 ズパズパズパズパズパ!!
 
「うッ?! この程度じゃ効かないっての?!」

 『地』は『風』を絶つ。『五車連環説』はやはり有用なのか、カルラの風をまともに浴びた妖樹ブリードは、まるでひるむことなく反撃を繰り出していた。
 触手のごとくうねった枝が鞭となって、懐深く飛び込んだ萌黄の風天使に襲いかかる。
 
「フレアキャノン!!」

 ナイトレフィアの構えた槍先から放たれた炎の霊刃が、超高温のシャワーと化して枝触手を焼き払う。
 声なき悲鳴をあげたブリードが、火に包まれた枝を乱れ振る。度重なる火焔の攻撃に、妖樹の怒りと焦りが頂点に達しようとしているのが伝わってくる。
 
「カルラッ、突っ込みすぎだってばァ! 早く戻って!」

「このデカブツ倒すのにあんたみたいにチンタラやってらんないってのッ!」

「あなたの『風』は『地』のブリードには相性悪いんだからね! 無茶しないでよォ!」

「ッさいなァ! 圧倒的な『風』で倒すって言ってんじゃん!」

 両腕を高く掲げたカルラの掌の上で、風が轟音を伴って舞い踊る。
 四方から気流が渦を巻いて一箇所に凝縮されていく。結集する乱流。風の刃が高密度に詰まった破砕の砲弾が、風天使の頭上で完成を迎える。
 
「風砲(づつ)、竜哭ッッ!!」

 まさに竜の咆哮が如し。
 風切る乱流のドリルが、空間を切り裂いて妖樹の中央に撃ち込まれる。
 
 ギュオオオオオオオオッッッ!!!
 
 オメガカルラ最強の威力を誇る乱気流の一撃は、巨大樹の表皮に穴を穿っていた。
 わずか数cm。
 風天使渾身の奥義をもってして、ブリードの表面を削るのが精一杯だったのだ。
 
「はァッ、はァッ、だったらもう一回!」

「ダメだよッ、戻って!」

「竜哭ッッ!!」

 ギュリュリュリュオリュオオオオオッッッ!!!
 
 再度の乱気流のドリル。
 先程と同じ箇所へ。穴の深さが、そして広さが一気に倍増する。
 今度はブリードの声無き悶絶がはっきりと伝わってきた。
 
「よしッ! はァッ、はァッ、どんなもんよ!」

「危ないッ、カルラ!!」

 ドゴオオオオオッッッ!!!
 
 次の瞬間、巨大な枝が檸檬色のボディスーツの前後から迫り、小柄な少女の肢体を挟撃していた。
 プレス機で圧搾されるかのように。枝に押し潰され、首から上だけを外気に晒したカルラの口から、真っ赤な鮮血がこぼれていく。
 二度も必殺奥義を放ち、無警戒となった風天使の隙をブリードは逃しはしなかった。
 巨大樹の圧倒的パワーがゴリゴリと捕らわれの乙女の身を潰していく。骨の軋む嫌な音が、離れたレフィアの耳にも届いてくる。
 
「今よ、レフィア!」

 血を迸らせながら絶叫するカルラ。
 その言葉はとても窮地に陥った者が放つとは思えぬものであった。

 


 
「一気に畳み掛けて! 今ならイケる!」

「うおおおおおおッッ―――ッッ!!!」

 そうか。
 カルラの無謀な特攻は、チャンスを作るために。あたしに勝負を託すために!
 吼えていた。真意を汲み取った聖霊騎士が、熱情に衝き動かされるように長大な火焔槍を投げつける。
 閃光と化したヴォルカノンが、風の弾丸がこじ開けた穴へ深々と突き刺さった。
 
 ズオオオオオオオオオ・・・
 
 葉擦れの震動が泣き叫んでいる。
 効いた。明らかに効いている。妖魔ブリード殲滅まであと一歩。
 幾多の必殺技を浴びせ、幾多の犠牲者を礎にしての勝利が、もう目の前に――
 
「スカーレット・アイリス!」

 炎とともにレフィアの右手に召還されしは、もうひとつの聖武具、ロングソード『スカーレット・アイリス』。
 トドメを刺すべく真紅の聖霊騎士が、ケープを翻して苦悶する巨大樹へと殺到する。
 
“・・・おわりだ”

「えッ?!!」

 異次元世界に流れる、終焉への宣告。
 確かな人の声は、しかしレフィア自身のものではなく、オメガカルラのものでも、まして言葉を持たぬブリードのものでもなかった。
 
 バリバリバリバリッ!!
 
 漆黒の電撃が、駆けるレフィアの全身を包む。
 ビクンッッと硬直した聖霊騎士の肢体は、直立不動の姿勢でその場に凍り付いていた。
 
「あ・・・あが・・・な、なに・・・??」

「れ、レフィア?!」

 さらに電圧を増した稲妻が、真紅の聖衣を貫き昇る。
 全身の細胞が破裂していく激痛に、ショートヘアの少女が魂切る絶叫を奏でる。
 
「い、一体ッ――?!」

 枝触手に挟まれ宙空に浮いたカルラが、突如の変異に襲われたレフィアを見下ろす。
 白く反転した瞳、弱々しく開いた唇、立ち昇る黒い煙・・・
 深いダメージを示す聖霊騎士の足元には、五芒星の魔法陣。
 いや。
 『闇巫女』アザミが描いた魔法陣は、いつの間にか悪魔の象徴、六芒星へと形を変えていた。
 
「ブリード様をここまで傷つけた罪・・・命を捧げた程度では報われんぞ。ナイトレフィア」

 バチバチと電撃の火花に包まれたレフィアの肢体から、現れるひとつの影。
 白黒の巫女装束に身を包んだ黒髪の女は、紛れもなく今回の討伐チームのリーダー、アザミであった。
 
「ア、アザミさん・・・な、なんでッ・・・」

 苦痛と哀しみを表情に浮かべたレフィアを嘲笑うように、暗黒魔法陣の黒き電撃が聖なる乙女を貫く。
 
「うああああああああッッ―――ッッ!!!」

「危ないところだった。もう少し“覚醒”が遅れていれば、ブリード様に取り返しのつかない傷を負わせてしまうところであった。覚悟はできていような、ナイトレフィア。そしてオメガカルラよ」

 あの時の、根の一撃。
 いや違う、いかにブリードが種を植え付け配下にする力を持っていようと、あの一瞬では無理だ。恐らくブリードが種付けできるのは、死者か、それに近い者のみ。レフィア自身が“拍動砕き”を受け、仮面巫女たちに種を迫られたからこそわかる。
 
「最初から・・・死んでいたんだね」

 間断なく襲い来る電撃の苦痛に悶えながら、真正面に立ったアザミにレフィアは切なげな視線を送る。
 
「ひとりだけ生き残ったっていうのが・・・ちょっと気にはなってた。最初の闘いでアザミさんは・・・とっくにブリードに殺されてたんだね。普段は種の活動が抑えられてるから、あたしも・・・鈴奈さんですら、妖魔の手に堕ちてるなんて、気付けなかった」

「あの、根の攻撃を受けねば“覚醒”はもっと遅れていたかもしれない。実に危ういところだった。ブリード様の新たなる手足を得るはずが、逆にそいつらに滅ぼされそうになるとはな」

 ガラン・・・
 重々しい響きが地下世界にこだまする。
 ナイトレフィアの手から、火焔のロングソードが滑り落ちた瞬間であった。
 
「さて、楽しいショータイムの始まりだ」

 ブリードを囲む魔法陣は、全て六芒星のそれへと変化していた。
 さらに浮かび上がる、もうひとつの魔法陣。
 『闇巫女』珠玉の暗黒結界が、妖魔絶対有利の力場を異次元世界に創出する。
 
「『フェアリッシュ・ナイツ』のホープ二匹と、独特の能力を持つ虫が一匹・・・ブリード様への献上物として申し分ない成果よ」

 魔法陣から射出された漆黒の稲妻が、数十本という単位で動けぬ真紅の聖霊騎士を貫く。
 ナイトレフィア痛哭の絶叫が、巨大な六芒星が埋め尽くした世界に響き渡った。
 


 


——— It continues to next phase